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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)523号 判決 1948年11月05日

主文

原判決並びに第二審判決を破毀する。

本件を和歌山地方裁判所に差戻す。

理由

辯護人池辺甚一郎上告趣意第一點について。

所論第二審たる和歌山地方裁判所の第一回公判において、辯護人から釜野信子及び黒越清太郎を證人として申請したるところ、裁判所は之が申請を却下したことは、右公判調書によって明らかである。然るに同裁判所は右却下した釜野信子及び黒越清太郎両人提出の各始末書を證據として採っているのである。右は明らかに刑訴應急措置法第一二條第一項の規定に違反し、延いて憲法第三七條第二項に違憲の判決と言わねばならぬ。蓋し、憲法第三七條第二項によれば「刑事被告人は、すべての證人に對して審問する機會を充分に與へられ、、、る権利を有する」と規定しているのであって、刑訴應急措置法第一二條第一項は右憲法第三七條第二項の内容を実現するため設けられた規定であること、換言すれば、刑訴應急措置法第一二條第一項は憲法第三七條第二項の規定そのものに淵源して設けられた規定であることは明らかと言わねばならぬ。尤も、第二審裁判所の第一回公判期日において前示證人申請が却下せられた後第二回公判期日においては刑訴第三五三條後段の場合である、十五日以上開廷しなかったことによって、第一回公判期日と同一構成の裁判所において公判手續が更新されており、而して右更新後の公判期日においては重ねて前示證人の申請はなかったのであるが、右は辯護人としては同一構成による裁判所に對し重ねて前に却下された證人申請を繰返しても、再び却下せられるものと考えるのは寧ろ當然とすべきである。從って右更新後の公判期日において證人申請がなかったからとて、上示證人申請を却下しながら遂に始末書を證據に採った第二審の措置は、前示刑訴應急措置法並びに憲法の各條項に違反するものと解するを相當とする。而して、原上告審に提出されたる上告趣意書第四點には「云々釜野信子黒越清太郎ヲ、、、、證人トシテ喚問セラレ度旨ノ申請ヲ為シタリ、、、之等ノ證人を喚問シ或ハ證據物ニ付キ取調ヲ為スノ必要ナルハ明カナリ然ルニ原審裁判所ハ之レカ證據ニ付キ何等取調ヲ為ササルモノニシテ審理ヲ盡ササル違法アリト云ハサルヲ得ス」との主張ありて、右主張の内容には、證人申請を却下しながら始末書を證據に採ったのは違法なりとの主張を包含するものと解すべく、而してその違法の内容は、前示刑訴應急措置法並びに憲法の各條項の違反に歸着するものなるに拘わらず、原上告審は「證據調の範圍は刑事訴訟法第三百四十二條のごとき特別の規定ある場合を除き裁判所の自由に決し得べきところであるから所論の各證人を原裁判所が取調べなかったことをもってその審理手續に違法ありというを得ない」として之を排斥したのは、憲法第三七條第二項に違反した違憲の判決であって、從って結局上示第二審の措置を違憲にあらずと為したるに歸着するものであるから、論旨はこの點において理由あり。

仍て爾餘の論旨に對する説明を省略し、刑訴第四四七條、第四四八條の二第一項に從い主文のとおり判決する。

この判決は、齋藤裁判官を除く他の裁判官全員の一致した意見である。

裁判官齋藤悠輔の反對意見は次のとおりである。

刑訴應急措置法第一七條は「高等裁判所が上告審としてした判決に對しては、その判決において法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかについてした判断が不当であることを理由とするときに限り、最高裁判所に更に上告することができる。」と規定して、再上告を許容するには、原上告判決に憲法適否の判斷の存すること及び再上告理由がその判斷の不當であることを理由とするときに限ることを要件としている。しかるに本件再上告趣意第一點は、第二審裁判所は辯護人から證人として山本肇、釜野信子、黒越清太郎の訊問を申請したにもかかわらずすべてこれを却下しながら、その却下した證人釜野信子及び同黒越清太郎両人の各始末書を證據として採用し有罪の判決を為し原上告判決もこれを是認したのは刑訴應急措置法第一二條に違反する違法の判決であると言うにある。從って、その再上告理由は普通の法律違反を理由とするもので何等憲法適否を理由とするものでないこと明白である。されば、本論旨は、再上告適法の理由となり得ないこと當最高裁判所大法廷の判例(昭和二三年(れ)第四四六號同年七月二九日言渡大法廷判決)に照し明らかなところである。然るに多數意見は、これを以て「延いて憲法第三七條第二項に違憲の判決と言わねばならぬ」として、その理由を「刑訴應急措置法第一二條第一項は右憲法第三七條第二項の内容を実現するため設けられた規定であること、換言すれば、刑訴應急措置法第一二條第一項は憲法第三七條第二項の規定そのものに淵源して設けられた規定であることは明らかと言わねばならぬ」と説明している。若し、多數意見のごとく憲法規定の内容を実現するため設けられた法律規定に反することがすなわち憲法の條規に反するものとすればすべての法律違反は盡く憲法違反となるであろう。例えば、社會福祉、社會保障及び公衆衛生に關する立法は憲法第二五條の規定の内容を実現するために設けられ同條に淵源するものであり、また、財産権に關する法律は、憲法第二九條第二項の規定の内容を実現するために設けられ同條項に淵源するものであり、更らに、刑事訴訟法は憲法第三一條の内容を、民事訴訟法は憲法第三二條の内容をそれぞれ実現するために設けられるものであるからである。

しかも本件における第二審判決の基礎となった口頭辯論は、第一回(昭和二二年一〇月二七日)の公判における口頭辯論ではなく、その後において更新された第二回(同年一一月一四日)の公判における口頭辯論に基くものであり、その第二回の公判における口頭辯論においては、その公判調書の記載によって明らかなように辯護人から山本肇、釜野信子及び黒越清太郎の證人申請は全然為されていないのである。しかるに、多數意見は、此の證人申請をしなかった事実を認めながら「右は辯護人としては同一構成による裁判所に對し、重ねて前に却下された證人申請を繰返しても、再び却下せられるものと考えるのは寧ろ當然とすべきである」と説明して、更新後の口頭辯論において請求しなかった證人喚問をこれを請求した場合と同一に解している。しかし、右多數意見の見解は、辯護人の主張しない且つ記録上全然根據のない單なる臆測に過ぎないものである。假りに多數意見の臆測するような理由で證人申請をしなかったからと言って、それは辯護人の封建的思想に基く一種の「あきらめ」に外ならないのであって、その申請しなかった結果の責は辯護人自ら負擔すべく、これを裁判所に負擔せしむる理由はない。それ故多數意見は判決の基礎となった口頭辯論における訴訟手續を看過して、強いて判決の基礎となっていない更新前の口頭辯論における訴訟手續の當否を論ずるもので、明らかに刑訴第四八條第一項、第三五三條の規定を無視し同第六四條に違反する見解といわねばならぬ。

しかのみならず本上告理由は原上告審において主張せられたものではなく、本件再上告を理由として全く新らたに主張したものである。されば原上告判決においては、もとより本論點につき何等の判斷もしていないのは當然であって、原上告判決に憲法適否に關する判斷の存することを要する點からしても本論旨は再上告の目的物を缺く不適法な論旨といわざるを得ない。この點に關し多數意見は原上告審において上告趣意第四點として主張せられたとするけれども該四點なるものは證人喚問及び證據物の取調等をしないのは審理不盡だという論旨であって斷じて刑訴應急措置法第一二條違反の主張でないことその趣意書に照し明白であるからこの點においても多數意見は全然事実に反する見解である。

これを要するに本論旨は再上告の目的物の観點からしても、また、攻撃方法たる再上告理由の観點からしても、ともに、不適法たるを免れない。されば多數意見は、その両観點における事実上の見解と法律上の見解において、それぞれ二重の誤りを包蔵する四重の誤を犯し、かくて原上告判決に因って既に執行力を生じた、裁判の安定を破壊し、惹いて濫訴を奨勵して事件の輻輳と渋滞とを結果するものと斷ぜざるを得ない。

なお、論旨第二點は普通の上告理由であって、憲法適否の上告理由ではなく、また、論旨第三點は原上告審において何等これを主張した形跡がなく、從って原上告判決において亳もこれに關する判斷が存在しないものであるから前述の理由により、いずれも再上告適法の理由とならない。本件再上告は不適法として棄却すべきである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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